予防接種は誰が為に

 前回ははしかの症状や、ワクチン(MRワクチン)の効果を中心に触れました。今回はワクチン接種による副反応(副作用)とはしかの合併症、最後に助産院の掲示板コメントについて触れたいと思います。例によって間違い等ありましたら、ご指摘頂けると幸いです。

ワクチンの副反応

・どんなに効果の高いワクチンでも、副反応が起こる可能性はあります。国内のワクチン接種数と、ワクチンによる副反応報告はどのようにされているのでしょうか?
・日本では現在、「予防接種後・健康状況調査」と「予防接種後・副反応調査」の二つが実施されています。

健康状況調査と副反応調査


上の表は、その二つのうち前者である「予防接種後・健康状況調査」の平成19年度前期分(4月1日〜9月末まで)と後期分(10月1日〜3月末まで)の結果を集計したものです(表作成はTemperによる)。
・はしかは麻疹・風疹混合ワクチン(MRワクチンといいます)として接種されている場合がほとんどですので、MRワクチンの定期接種第1期にあたる12ヶ月以上〜24ヶ月未満のお子さんと、第2期にあたる5歳以上〜7歳未満のお子さんからの結果を用います(該当時期の詳しい内訳はこちら)。
・この調査の目的は、

国民が正しい理解の下に予防接種を受けることが出来るよう、接種
前に個々のワクチンの接種予定数を報告医毎に決め、接種後、それぞれのワクチン毎に
一定の観察期間を通じ、接種後の健康状況調査を実施することにより、その結果を広く
国民に提供し、有効かつ安全な予防接種の実施に資することである。

です。まとめますと、「予防接種を理解する上で、メリットとデメリットをうまく比べることができるように、ここではデメリット(副反応)の報告を調査しましたよ」といったところでしょうか。
具体的な調査の対象や方法は、

2 調査対象としたワクチンは、定期接種として実施されたジフテリア、百日せき、破傷
風三種混合ワクチン(DPT)、ジフテリア破傷風二種混合ワクチン(DT)、麻しん、
風しん、麻しん風しん混合ワクチン(MR)、日本脳炎、ポリオ、インフルエンザと結核
予防法で実施されているBCGである。

3 健康状況調査の実施期間及び対象者数は、DPT(DT)、日本脳炎については、各四
半期毎に都道府県、指定都市当たりそれぞれ40名を対象、MRについて80名を対象
とし、接種後28日間を観察期間とした。
  ポリオについては、後期(10〜3月)は、100名を対象として35日間観察、B
CGについては後期(10〜3月)は100名を対象とし、観察期間は4カ月間とした。
  インフルエンザについては、11〜12月の実施期間で40名を対象とし、接種後2
8日間を観察期間とした。

4 報告の手順は、各都道府県・指定都市においてワクチン毎に報告定点を受諾した報告
医が、各予防接種の接種当日に保護者に対して、本事業の趣旨を十分説明の上、健康状
況調査に協力する旨の同意を得た後、台帳に登録する。
  その後、保護者に健康状況調査表(ハガキ)を渡し、記入要領を説明し、保護者から
返送されたものを、カルテと照合しまとめたものである。

5 本調査は、通常の副反応(発熱、発赤、発疹、腫脹)や、稀におこる副反応(アナフ
ィラキシー、脳炎、脳症等)に加えて、これまで予防接種の副反応として考えられてい
ない接種後の症状についても報告できるように設定した。
  また、予防接種後の健康状況という性質上、変化がない場合でも返送を依頼している。

となっています。

対して「副反応調査」ですが、こちらは「医師が予防接種後の健康被害を診断した場合又は市町村が予防接種を受けた者若しくはその保護者等から健康被害の報告を受けた場合に」厚生労働省へ報告するものを集計したデータとなっています。そのため、

(1)本報告は、予防接種法に基づく定期接種として実施された予防接種を対象としており、いわゆる任意の予防接種は報告・集計の対象とはなっていない。

(2)報告するかどうかの判断は報告者が行うため、各都道府県の接種対象者人口などを考慮しても報告数に県ごとのばらつきが大きく、副反応数の発生率などについてはこのデータからは分析できない。ワクチン別の副反応発生頻度については本報告ではなく、平成8年度より実施している予防接種後健康状況調査事業の報告書を参照していただきたい。

(3)本報告は、予防接種との因果関係の有無に関係なく予防接種後に健康状況の変化をきたした症例を集計したものであり、これらの症例の中には、予防接種によって引き起こされた反応だけでなく、予防接種との関連性が考えられない偶発事象等も含まれている。集計に当たっては、予防接種との因果関係がないと思われるもの、もしくは、報告基準の範囲外の報告等についても排除せず、単純計算してまとめている。

(4)本報告は、予防接種健康被害救済制度と直接結びつくものではない。救済措置の給付を申請する場合には、別途、各市町村でまとめた書類の提出が必要である。

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/04/s0401-5.html

という文が報告書に記載されています。予防接種の副反応であるかどうか分からない疾病(例えば予防接種と同時期に、ウイルスに感染していた等)も、1報告として含まれている可能性があるということですね。
・故に、表の健康状況調査のほうがワクチン接種後の副反応を考えるのにより適切なのではないかなと思いますので、こちらを用いて気になる結果を追ってみます。

多いのは発熱

・副反応の種類は、表にあるとおり発熱、注射部位にみられる局所反応、けいれん、じんましん、発疹、リンパ節のはれ、関節の痛みなどに分かれています。そのうち最も多いのは発熱です。
・MR1期では、37.5度以上の発熱があった児が986人(うち38.5度以上は629人)、MR2期では263人(145人)と、それぞれ全体の19.1%、6.7%を占めています。
・MR1期のけいれんは、全て37.5度以上の発熱が伴って19件みられました。MR2期ではけいれん発生自体が1件のみで、発熱は伴いませんでした。
・全体として、何らかの症状を呈したお子さんの割合は(2期対象の人数が1期よりも少なくはありますが)MR1期で1,240人(24.0%)、MR2期で454人(11.5%)となっており、どちらにおいても脳炎、脳症の発症はありませんでした。各反応の割合自体も、MR1期と2期で、年齢に伴い激減しています。
※MR1期の関節の痛みについては観察が難しいかと思われますが、報告書にあった数字をそのまま記載しています。

再度、ウイルス感染後の合併症について

・前回の関連エントリでは、1999(平成11)〜2000(平成12)年の大阪麻疹流行時の麻疹罹患者における合併症について触れました。今回は、MR1期に近い年齢のお子さんの合併症発生頻度をみるために、国立感染症情報センターから以下を引用します。

感染症発生動向調査による2008年第1週〜第52週までの麻疹患者の累積報告数は11,007例であり、このうち0歳児は610例(5.5%)であった(2009年1月21日現在)。麻疹の定期予防接種第1期の対象年齢は、1歳(生後12カ月〜24カ月未満)であることから、0歳児のほとんどは予防接種を受けていない。

http://idsc.nih.go.jp/iasr/30/348/dj3481.html

0歳児の麻疹における合併症発生状況
麻疹発生届に合併症の記載があったのは109例(17.9%:0歳児麻疹患者610例中の割合、以下同じ)で、そのうち最も多かった合併症は肺炎の42例(6.9%)、次いで腸炎(下痢と記載された例も含む)の29例(4.8%)、中耳炎の24例(3.9%)であった。また、腸炎と中耳炎が6例(1.0%)、肺炎と中耳炎が5例(0.8%)と、複数の合併症が発生した例、およびクループの合併が3例(0.5%)あったが、脳炎の合併例はみられなかった。

http://idsc.nih.go.jp/iasr/30/348/dj3481.html

・国に報告されたはしか患者数の5.5%にあたる610例が0歳児で、610例中、肺炎が6.9%の42例にみられました。

予防接種は誰にとって益となるのか

・上記では、0歳児の例を挙げさせて頂きました。生まれてから約6ヶ月経過するまで、赤ちゃんはお母さんからもらった抗体によって各種感染症から身を守っていますが、時間が経つにつれてその抗体もだんだん少なくなってきます。お母さんからの抗体がなくなる時期と子供自身の免疫機能の発達初期に、どうしても感染症に罹りやすくなる傾向があります(2009年の年齢別はしか報告数でも、0歳〜1歳で28%以上を占めています)。2009年の調査によると、1〜4歳では74.2%、5〜9歳では60.0%、10代では13.6%、20代では7.7%、30代前半では8.3%がはしかに対する抗体が十分でないと言われています。0歳も1〜4歳児とほとんど同じになっていますので、それだけ感染の可能性が高くなります。
・はしか感染を防ぐ手立てのなかった時代には、罹ったら運を天に任せるしかないということで、「はしかは命定め」と言われていました。はしかに罹ってそれを乗り切れば、麻疹ウイルスに対して強い免疫力を獲得できることも事実ですが、はしか自体の症状も重いため、命を落としたり、助かっても後遺症が残ってしまう子もいます。それをどうにか、もっと多くのお子さんを助けられないか、より安全に免疫機能を発達させることができないか、そして最終的に社会全体の益を追及することができないか、ということを目的として発展してきたのが、公衆衛生における予防接種の制度です。
個人の視点では、ワクチンを利用することで、より安全に、はしかに対する免疫力をつけることができます。集団の視点では、前述のワクチンをまだ接種していない乳児や、できるだけ感染症を避けたい状況の人、アレルギーなどでワクチンを接種できない人、妊娠中の人などにとって、はしかが流行する可能性を減らすという大きなメリットを得ることができます。
・特に0〜1歳のお子さんについて触れましたが、これは乳幼児に限った話ではありません。更に、日本に限った話でもありません。大人がはしかにかかると症状が重くなるといいますが、米国疾病予防管理センターのthe pink bookによると、はしかによる入院の割合は、5歳未満のお子さんと20歳以上の成人であまり差がありません。はしかの予防接種の恩恵は、お子さんだけのものではないのです。
加えて、数年前の高校生、大学生間での流行や、日本からの麻疹輸出事例を記憶している方も多いと思われます。そういった対策のために2008年4月から5年間、中学1年生と高校3年生もMRワクチン定期接種の対象となりましたが、はしかを輸入される側の、やはり感染を避けたい状況の人や医療職者にとっても、流行を考慮する必要を減らすことができます。
・昨今の新型インフルエンザワクチンで問題に挙がりましたが、はしかも同様に妊婦さんにとって脅威になります。
こちらとこちらの「こどものおいしゃさん日記」さんでは、麻疹ウイルスは現在のところ血清型がひとつしかなく(この型に対する免疫機能を感染前に獲得すれば、麻疹ウイルスの増殖・他人への伝播をなくせます)、ヒト-ヒト間の感染のみであり(ヒト間で麻疹ウイルスの流行がなくなれば、ウイルスの生存をなくせます)、天然痘のようにその他撲滅可能な条件がそろっていると紹介されています。撲滅することができるなら、これに係る医療費や医療職の方への負担も減らせますし、他の疾患へ対策する余裕もできるだろうと想像できます。
・ワクチン接種率が上がるにつれて「修飾麻疹」という感染型が問題となっていますが、これも更なる予防接種率の向上と合計2回の接種で対策できることが、アメリカ等の結果から分かっています。

結論

・以上、前回のはしか(MR)ワクチンの有効性と、今回接種による副反応をみてみました。
結論として、私は
・はしかは非常に感染力が強く、肺炎などの合併症を起こしやすい疾病である。MRワクチンは、はしかに個人的に罹ることを防ぐだけでなく、多くの人が接種をうけることによって、(理由はどうあれ)ワクチンを接種していない人をも守ることができ、社会への還元も大きい(MRであれば、風疹も予防することができます)。
MRワクチン接種後にみられる副反応は、ほとんどの場合はしかに感染した時以下の発熱や発疹、蕁麻疹、注射部位の腫れ等である。「危険だ」と声を大きくするほどのリスクではないのではないか。しかもはしかに対して免疫の無い人が感染した場合、非常に高い可能性で高熱やその後の合併症の危険に晒されることを考えると、この副反応の事実は許容できる。
・感染前の免疫獲得を通して、最終的にはワクチンを接種せずにすむようになる可能性も高い。
ということで、
はしか(MR)ワクチンは多くの人が積極的に接種すべきである。定期接種としてならタダだし!
と考えます。

件の助産師の認識と比較してみる

・では、ずいぶん間隔が空いてしまいましたが、いよいよ助産院の掲示板からのコメントを比較してみます。

保育所の他のお子さん達は予防接種をしておられるなら、はしかにはかからないということですよね。それなら予防接種を受けていない子がもしはしかにかかっても迷惑でもないんじゃないかと思うんですがいかがでしょうか。予防接種はかからない為にされているはずですから・・・それとも予防接種をしてもやはりはしかにかかるということなんでしょうか?それなら予防接種をしてもしなくても変わらないということになります。

MRワクチンにおいては、はしか(と風疹)に罹らないようにすることが目的ですので、「予防接種は(はしかに)かからないようにされている」というのは確かにそうです。が、その後ろの「予防接種をしてもはしかにかかるのか?それならば接種する意味がないではないか」というのは、そもそも予防接種をすれば100%感染症を防げるという認識からして改める必要がありますし、100%防げないなら接種する意味がないというのも、予防接種に関する誤解、というか知識不足です。

今はやりの新型インフルエンザもそうですがワクチンの中になにが入っているか、ワクチンを打って抗体を作っても免疫は下がります。抗体イコール免疫ではないということです。

・いまひとつ日本語がよろしくないですが、ワクチンの添加物は有害であるということと、ワクチンを接種しても抗体は減少するから必要ないということが仰りたいのでしょうか。自然に麻疹ウイルスに感染するよりもワクチンを使用した場合は抗体が低いという場合もあるようですが、それを防ぐために現在2回接種が国によってすすめられています。

子供がかかる病気にはセミナーで聞いて頂いたようにそれぞれ意味があります。しっかりかかりきることでどれほどの免疫力を獲得することができるか。そしてレメディーを使うとしっかりかかりきって本当に早く治りますよね。

・病気の意味とか、ウイルスの意思とかというのはとらこぱしー信者等から良く耳にする事柄ではあります。私には田宮良子を想像するぐらいが限界ですが…
・先に述べたとおり、はしかに罹って治れば確かに免疫は獲得できます。ですが、それはほとんどすべての子に高熱や肺炎、脳炎、後遺症のリスクを背負わせ、はしかに罹ることが好ましくない人にまで、同様のリスクを持たせることを強要する方法です。予防接種というより安全な代替案があるのに、むりやり危険な方法を選ぶ必要はあるのでしょうか。
「レメディを使うとしっかりかかりきって早く治る」というのは、ホメオパシーを懐疑的にご覧になっている方であればご存知だと思いますが、全く根拠のない嘘です*1

・そして、最後に

母親として子供の為に正しいと信じた通り行動すればいいと思います。

というように、判断はお母さんに丸投げともとれる発言をしています。結局何かあったときの責任は選んだお母さんのせいだというのなら改めて、母と子に関わる医療従事者として非常にお粗末な態度であると言わざるをえず、早急に何らかの介入が必要であると思います。本来ならば日本助産師会日本看護協会など、職能団体が働きかけをしてもらえるとありがたいのですが、前者はホメオパシーに対して肯定的で、後者は政界に看護師を送り込むことしか考えてない団体のため、非常に頭の痛いところです…

どうしてこうなった

・例としてとらこぱしーに汚染信頼を置いている助産師さんをとりあげましたが、個人的に未だ解決できない疑問が一つあります。助産師という資格を得るに当たって現代医学を少なからず学んでいるはずの方*2が、何故ホメオパシーやとらこぱしーに取り込まれてしまうのでしょうか。今後は助産師や看護師の教育課程に焦点を当てて、情報提供側の問題に触れてみたいと思います。

おおきくですぎたかな…

*1:ただの水なので、ある意味「しっかりかかりきる」でしょうけれど

*2:イメージではどんな人でもホメに嵌る可能性はあるだろうと思いますが、理由を上手く言葉にできません。